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2.童貞キラー
風紀委員長の岡田亮三回生が寮長の部屋に入ってきた。
「寮長いるか。」
「先輩何か。」
「実は困った事が起きている。二回生の堂島らが女を連れ込んで遊んでいるのだが、どうしたものかと。」
「女?。寮は女性禁制でもないですから。それに、個室でもないので滅多なことが無いと思いますが。」
「ところが、女といっても高校生らしい。」
「高校生。またどうしてそんなのを連れ込んでいるのでしょうか。」
「何でも、家に帰りたくないというので、堂島達が寮に連れてきているのだそうだ。ところが、夜の十時過ぎまで騒いでいるので、回りの者がうるさいということで文句を言ってきた。とにかく静かにしろと言っておいたが。」
「そうですか、何か家庭に事情がありそうですね。」
そんな話があって、三日たった。寮長が新街のキャバレー飛鳥へ寄った帰り、寮までの夜道を歩いていた。十二時をとっくに過ぎていた。あたりは夜霧で霞んでいて、ロマンチックな雰囲気になっていた。桜橋の街灯がまるで映画のシーンのようにぼけて光っていた。思わず、口笛を吹いた。最近はやっていた森山良子の唄である。なぜか演歌は好きになれなかった。
橋の上にさしかかると、河原で女の抵抗するような声がする。誰かがむりやり口を押さえているようだ。桜橋の下は広いグラウンドで、一面芝がはってある。車も降りられるようになっていて、日曜などはソフトボールなどを楽しむ若者でにぎわう所である。しかし、何が起きているのか霧でよく見えない。ただならぬ雰囲気である。とにかく河原に降りて見ることにした。
寮長が河原に降りていくと、車が一台あった。その近くで、三人の男達が一人の女を押さえ込んでいるのであった。見ると、男立ちはズボンを脱いで、女も下半身脱がされていた。状況はすぐに判断できた。
「おい、何をしとるんだ。」
「誰だよ、お楽しみ中に邪魔する奴は。怪我をせんうちにおうちに帰ったら。」
瞬間、寮長の体がうねった。あっという間である。三人の男達がうめき声をあげてグラウンドに横たわっていた。
「大丈夫か。」
「ちくしょー。大丈夫じゃないわよ。よってたかってやりやがって。二人に回されたわ。三人目の時にあんたが来たんだよー。」
ずいぶんすれた雰囲気である。しかし、歳はまだ若そうである。
「お前いったい幾つだ。」
「十七よ。」
「十七、呆れるなー。とにかく服を着ろ。」
服を着ている間に、下半身裸の男を捕まえて言う。
「お前学生か。」
「は、はい。二度としませんから、堪忍してください。あいつは、誰とでもさせてくれるというので、誘ったらついて来たんだ。」
どちらもどうしようもない連中のようである。ズボンとパンツを抱きかかえたまま、車に乗って逃げる様にして去って行った。
「おまえなー、なんて短いスカートはいとるんだ。これじゃー、男に誘いをかけているようなもんだな。」
「別に、似合えばいいじゃない。」
けろっとして言う。
「たった今男三人に強姦されていたんだぞ。妊娠でもしていたらどうするんだ。」
「大丈夫よ、今日は。」
「どんな神経してるんだ。ところで名前は?」
「ユカリ。」
「家は近くか。」
「うん、大学の近く。」
「そうか、とにかく送っていこう。家の者が心配してるだろう。」
「誰が心配なんか。」
とたんに黙ってしまった。寮長の腕にしがみつくようにしてユカリが歩き出した。夜霧が一段と濃くなってきた。まるでずっと以前から恋人であったように二人は歩いていた。
「家に帰りたくないの。」
つかまっていた寮長の腕に力を入れて、ユカリが小声でつぶやいた。
「今なんて言った。」
「家に帰りたくないの。そう言ったの。あなたの家はどこ。」
「大学の寮にいる。」
「えー、私毎日行ってるよ。堂島さん知ってる。あの人の部屋に毎日行ってる。なーんだ、寮に行こう。」
目を見開き、いきなり元気になって言う。
「お前の事だったのか、堂島先輩の部屋に入り浸たっていたのは。寮生が迷惑してるのを知っているのか。だめだ、だめだ。もう皆寝てるから。お前みたいなのが行くと、寮生全員寝不足になるわ。とにかく一度家に帰れ。」
「いやだなー。」
ユカリは、諦め切れない様子で、何度も子供のように寮長の腕を引っぱった。ユカリの家は、大きな屋敷であった。門があって、家の玄関が見えないくらい遠い。
「ただ今。」
ユカリが弱々しい声で言うと、奥から着物姿で、昔の武士を想像させる様な男が出てきた。ユカリの父親らしいが、かなり年配である。
「ユカリ、ずいぶん遅いじゃないか。遅くても、十時までには帰るという約束はどうなった。」
歳の割には張りのある声で娘を叱った。
「失礼します。」
寮長が玄関の中に入った。
「自分は、学生寮の寮長をしている村岡と言います。お宅のお嬢さんが悪い・・・」
ユカリがおもいきり寮長の足を踏んだ。
「あっ、無事送り届けましたので自分はここで失礼します。」
「ユカリが迷惑をかけた様だ。ありがとう。礼を言います。」
歳の頃は六十ぐらいであろうか。言葉はていねいだが、一見してただ者ではない風貌をしている。
「では、失礼します。」
翌日の夕方、堂島先輩が寮長を尋ねて来た。
「寮長、昨日ユカリに会ったのか。」
「はい、偶然でしたが。」
「寮長に会いたいといって、今俺の部屋に来てるんだが。」
「そうですか。ところで、あのユカリという高校生、いったい何者なんですか。ずいぶんすれているようですが。」
「面白い娘で、童貞キラーのユカリで、有名なんだ。」
「何ですか、その童貞キラーというのは。」
「童貞の学生に筆下ろしさせるのが趣味で、絶対に二度と同じ男と事をしないというのを自慢にしている。」
「で、先輩は。」
「そうなんだ。初めてって緊張するだろう。うまくできなくて。そんな男が面白くて、キャ、キャ言って指導するんだ。寮生の中でも、五、六人指導を受けているんじゃないかな。指導を受けると、何か仲間になったようで。」
話を聞いてむっとした寮長は、
「今日は忙しくて会えないと、適当にごまかしてくれませんか。」
「わかった。」
翌日、寮長に電話が入った。
「村岡君かね。」
「はい、村岡です。」
「ユカリの父親の西岡です。昨日はありがとう。ユカリの事で折り入って頼みたいことがあるので、申し訳ないが、家に寄ってもらえないだろうか。」
「わかりました。八時頃でよろしいでしょうか。」
寮長が再びユカリの家に向かった。応接に通される。
「村岡君、わしは正直に申し上げると、暴力団西岡組の組長西岡熊吉と言います。」
「そうでしたか、どこか普通の人ではないと思っていました。」
「わしの様な人間と関わり合いになりたくないと思うならば、先に言ってほしい。話が済んでから、その事で断わられるのは、気持ちのいいものではない。」
「いえ、自分は人間に区別を付けない主義ですから。しかし、暴力団を好きになれとおっしゃるなら、それははっきりとお断りします。」
「そうか、君もたいした男のようだ。わしにまばたき一つせずにそれだけのことを言える奴は、そうざらにはいない。たいていこの応接に通されて、わしと向かい会うと震えているものなんだが。」
「そうですか。」
「実は、頼みというのは、電話で話したように、娘のユカリの事なんだが。あれは、わしの先妻の子供で、わしが四十過ぎになって
ようやく出来た子供だった。母親は、ユカリが十才の時に癌で死んだ。二年後に今の家内と一緒になったんだが、何せ歳が三十だから、全くなつかない。家にも帰らんようになって、最近ではわしとも顔を会わせんようになった。ところが、今日の朝、珍しくユカリがわしらの部屋に来て頼みがあるという。寮長の君の所に夜勉強を見てもらいに行かせてくれというのだ。ユカリがわしに初めてものを頼んだ。君もいろいろ忙しいだろうが、少し面倒を見てやってくれんだろうか。お礼は十分させてもらう。」
「そうでしたか。しかし、自分はちょっとした仕事を持っていますので、家庭教師のような真似は出来ません。ユカリさんの場合は自分の居場所を求めているような気がします。実は、すでに寮の先輩達の部屋に夜ユカリさんが来ていまして、少々問題になっていました。寮に来ることは問題ないのですが、ユカリさんの場合、かなり周辺に影響がありますので、何とかしなければならないと思っていた矢先でした。ですから、夜の八時までということで、お預かりしてもよろしいです。同室は、四回生の上田というラクビー部のキャプテンですから、話せばわかってもらえると思います。」
「そうか、それではぜひ頼む。」
「それから、これは仕事ではありませんから、お金の件は遠慮します。あくまで、自分の気持ちとして引き受けたいと思いますので、それでよろしければ。」
「ユカリ、出ておいで。村岡君が承知してくれたぞ。」
廊下で聞き耳を立てていたユカリが、踊るようにして応接に入って来た。
「寮長、ありがとう。」
寮長の腕に抱き付いて嬉しそうに言った。
「おいおい、遊びに寮に来る訳ではないぞ。これまでのようにはいかん。」
「わかってるわよ。でもユカリ、あんなところを見られたから、断わられると思っていた。」
「ユカリ、あんなところとは何だ。」
組長が不審な目をして言う。
「いえ、大した事ではありません。」
「そうか。」
そんな訳で、翌日からユカリが寮長の部屋に来ることになった。ジーパン姿でやってきた。
「寮長、よろしくね。寮の部屋って、なんでこう汚いの。」
寮長が何も言わないのに、ユカリは勝手に掃除を始めだした。今度は、押入にある汚れ物を出してきて、洗濯するという。
「おい、おい、お前何をしに来たんだ。勉強じゃなかったのか。」
「勉強は学校でしてきたわ。」
何とも嬉しそうに、上田先輩の洗濯もするから出せと言う。
「寮長。あれじゃーまるで女房きどりだな。大変な事になってきたぞ。俺は知らんぞ。」
知らんと言いながらも、上田先輩も何だか嬉しそうであった。
ユカリが寮長の部屋に通うようになって三ケ月が過ぎた。寮長は大学の授業が五時に終わると、寮に帰って風呂に入る。食堂で夕食を済ませるとすでにユカリが部屋に来ている。最近では、堂島先輩達の洗濯なども一手に引き受けているらしい。しばらくして、机に三時間ほど向かう。この間、ユカリも畳の上で勉強するようになった。わからない所は聞きに来た。そして、八時にはきちんと家に帰って行った。別人のようになってきたのである。すれた感じも取れてきて、普通の女学生になってきたのである。
「寮長には好きな女がいるの。」
「恋人か、おらんな。」
「じゃー、セックスした女はいるの。」
「ああ、成り行きで何人かと。」
「寮長は童貞ではないんだ。」
「ユカリに指導してもらうほど落ちぶれてはいないぞ。」
「好きになるということと、セックスするということは、どう違うのかな。ここんところがよくわからないの。」
「好きになるということは、相手の良い部分はもちろん、悪い部分も全て好きになるということだろう。俺にはそう思った女がいないから本当の事はわからん。その結果、セックスすることによって、もっと好きになるということだな。心も体もということか。」
「そーう。じゃー、ユカリはずいぶん変な男達と遊んできたけど、ユカリを好きになってくれる男は、遊んだことは許してもらえるわけだ。」
「まあ、そんな理屈になるが、それを承知で遊ぶのは卑怯だ。」
「納得。ユカリもう遊ばないよ。」
すると、同室の上田先輩がちゃちゃを入れてきた。
「ユカリ、結婚して相手の男が一番喜ぶのは何だと思う。」
「さあ、わかんない。」
「それは、うまい飯を食わすことだ。」
「そんな事で男が喜ぶの。」
「ああ、俺のおふくろは田舎者で、ろくに料理というものを知らん。毎日、毎日大根やいものこの煮つけを食べさせられた。ああいう食事は、歳をとると旨いそうだが、若い者はとても耐えられん。ここの寮の飯も、ブタバコよりもまずいということだから。寮長はよく知ってるよな。」
「そう言えば、あっちの飯の方が旨かったな。」
「えっ、寮長は警察に捕まった事あるの。」
「あっ、先輩変な話しはやめて下さいよ。」
「あっははは、そうだな。しかし、俺は旨い飯にこれまで縁が無かった。ところが、兄貴が滋賀県にいて、帰省の途中でよく寄り道をする。兄貴の嫁さんが料理の天才で、とても旨い飯を作る。カレーライスなんか、スパイスでカレー粉を作るところから始める。こんな旨いものが世の中にあったのかと、感激ものだ。兄貴は実に幸せ者だ。」
「美人のお嫁さんよりもいいの。」
「ああいいね。美人であるにこしたことはないが、歳をとってしまえば皆同じだ。」
「セックスの上手な女は。」
「大胆なことを聞く奴だな。まあ、そっちの話しは、ユカリの方がよく知ってるだろうが。セックスは、うまい方がいいだろうが、これも毎日という訳ではないだろう。やはり、毎日食う飯がまずかったら、男は災難だ。」
寮長もなる程と、笑ってうなずいた。
「そーなの。じゃあ、ユカリは何も料理が出来ないから。」
とたんに無口になったユカリであった。
そんなある日、いつものようにユカリが八時に帰って行った。九時頃であっただろうか、寮長に電話がかかってきた。
「村岡君か。西岡だ。今、県立病院にいる。ユカリがひき逃げされた。」
「えっ、それでユカリさんの容体は。」
「重体だ。助かるかわからん。医者が血がいると言っている。A型の血だ。組の者は今ごろ全員飲んでいる。医者は、アルコールの入った血は駄目だ言っとる。何とかならんか。」
組長は電話の向こうで泣き出しそうな声を出していた。
「わかりました。何とかします。」
すぐにマイクのスイッチを入れる。
「全寮生の皆さん、夜分申し訳ありません。寮長の村岡です。緊急連絡です。ただ今、県立病院に交通事故にあった高校生がいます。A型の血液が不足しているので救援を求めてきました。緊急を要します。アルコールの入っていない寮生で、A型の人は至急一階事務室まで集合してください。繰り返します・・・・」
すぐに十人ほどの寮生が駆け降りて来た。
「寮長、山根だ。行くぞ。」
「寮長、谷本だ、島本も行くと言っとるぞ。あいつは血の気が多いから、この際どんどん取ってやってくれ。」
「先輩、ありがとう。」
タクシーが二台寮の前に止まった。すると、パトカーが一台と、白バイ一台サイレンをけたたましく鳴らしてやってきた。
「村岡さんはいますか。木下署長の命により先導します。ついて来てください」
白バイの警察官が寮の事務所の前で敬礼をしながら言った。寮長は、木下署長にも救援の要請をしたのである。県立病院は、寮から車で三十分も離れた所にあった。重体の患者は、近くの病院では手におえないので、全てここに回されるのであった。
「寮長、早く行くぞ。」
「運ちゃん、スビード違反の心配はいらないから、ぶっ飛ばしてくれ。」
「任せときな。」
先頭にライトアップしたパトカー、間にタクシー二台、後続に白バイがサイレンを鳴らして夜道をひた走った。
「西岡ユカリさんの輸血要員を連れてきました。どこですか。」
病院の入り口に飛び込んだ寮長が叫んだ。走ってきた看護婦に誘導されて、手術室の隣に案内される。すぐさま採血である。組長も走ってきた。
「寮長、ありがとう。」
「それでユカリさんは。」
「わからん。かなりひどい状態だ。」
「そうですか。」
一段落して、手術室の前の廊下のソファーに座った。
「寮長、最近ユカリはずいぶん変わってきて、昨日などは笑顔で卒業したら料理学校へ行かせてくれと言ってきた。そして、ユカリがわしにぽつりと言うた。寮長の様な人ならいいと。ユカリは君に・・・」
「・・・・・・・」
暴力団の組長の威厳はなかった。一人の娘の父親の姿があった。その時突然手術室の扉が開いた。
「身内の方はいますか。すぐに入ってください。」
看護婦が慌てた様子で叫んだ。組長が走って中に入って行った。沈黙の時間がしばらくあった。やがて、室内で男の嗚咽が聞こえてきた。
同室の上田先輩や堂島先輩達が駆けつけてきた。
「寮長、ユカリは大丈夫か。」
寮長は無言で首を横に振った。
「りょうーーちょーーーーーう。」
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