5.縮尺問題解決する
文献によれば、小松天満宮は北野天満宮の御神体を遷座したと伝えられ、社殿も北野天満宮の4分の1に縮尺して造営されたと伝えられていた。しかし、実際どのサイズが縮尺されたのか不明であった。普通に考えて、体積を縮尺すると、天井が低くなって実用にはならない。いったいどの寸法を縮尺したのであろうか。
この問題を解決すべく、京都の北野天満宮へ調査に向かうことになった。そして、あらゆる部分の形式、様式がそっくりにできていることにまず驚かされた。下記の写真はその時撮影されたもの一部で、両者を比較すれば一目瞭然だ。

北野天満宮拝殿正面
小松天満宮拝殿正面
北野天満宮正面上部
小松天満宮正面上部
この時の調査は、建物の形式の調査と、建物の方角の調査であった。方角の話は後に述べるとして、本殿、拝殿の調査を終えて、裏に回ってあっと声を上げそうになった。そこには、小松天満宮の通称赤門と呼ばれる神門とそっくりな門があった。
北野天満宮の北門であった。
北野天満宮北門
小松天満宮神門
この門を見た瞬間、私は伝承が正確であることを確信した。それならば、縮尺問題も必ず解決できると思ったのである。そして、再び3度目の天の声がした。やはりある夜中、確信の閃きがあって目がさめた。縮尺は正面から見た大きさではなかろうか?そして、その比較方法は、同じ材料で正面図を作り、切り抜いてその重量を計測すれば判明するはずだ。下図は形を比較するために同じサイズに合わせたもので、小松天満宮はかなり小さい。
正確な計量器を使って測定した結果は、小松天満宮1.35グラム、北野天満宮5.40グラムであった。この結果、小松天満宮は正面から見た大きさが正確に4分の1に作られていたのである。
また、後日、平面図によっても同じく4分の1に縮尺されていることが判明、縮尺による実用面での欠陥を、形を少し変えることによって実現、あくまでも縮尺にこだわっていたことがわかった。
すなわち、前から見ても、上から見ても4分の1に作られていたのだ。このことは、おそらく当時の考え方による思想的な裏づけによるのではないかと思われる。
1,北野天満宮438.897平方メートル

2,小松天満宮108.383平方メートル

1/2=4.0495

それでは何を根拠に4分の1にこだわったのであろうか。現在その思想の背景を理解することはまだできないが、地図にこだわってある事実が浮かんできた。それは、北野天満宮と天皇の住いであった京都御所の距離を測定すると2.400m。そして、小松天満宮と前田利常の住まいであった小松城の天守閣の距離が600m。これはちょうど4対1の比率になる。この事実は、この問題を解くカギになるかも知れない。

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