4,夢枕その2

このように、次第に小松天満宮が現在位置から移転できない理由が判明する中、ある真夜中私は再び閃きによって起こされる。それは、梯川の拡幅方法に関するもので、天満宮の右にバイパスを作り、左岸を葭島神社ぎりぎりにまで広げることによって、解決できないかという方法であった。
 最大の問題は、天満宮と正光寺との間が実際水路を通す幅があるかどうかということだった。この寺は、当時参議院議員の翫氏の寺で、法線がかかれば問題になるのは見えていた。
 私は、朝までかかってこの図面を製作した。そして、翌日梯川に向かい、実際計画案通り50mの幅が確保できるか実測してみた。そして、それが可能であることを確認したのである。この方法の立案によって、私は小松天満宮移転問題の解決の糸口をつかんだと確信した。2度までの真夜中の閃きは、神が私に解決せよとの指示を与えたと理解せざるを得なかった。


バイパス部分を暗渠にした理由は、小松天満宮は日本海に近く、北風の影響や梯川の水温や湿気の影響をまともに受ける。夏はこのためにクーラーがいらない程涼しいが、秋から冬、春の季節は周囲よりも気温が数度低く、生活は現在でも大変だ。さらに、水路を北側に作ると、この影響は大変なものになって、ここで生活をすることは大変になることは明白だ。湿度の問題もあり、文化財を守る観点からも暗渠にすべきだ。
 また、水路や橋による接続は、隔離する環境になって危険度が増し、もともと前田利常公が半島の様に天満宮を造営した景観からも、暗渠にしてもともとの景観維持をはからねばならない。  

 もう一つの理由は、工事によって駐車場が奪われる事。暗渠の上を駐車場として利用すべきである。(後に暗渠ではなく、浮島案として工事が完成した。結果、同宮には駐車場が無くなり、死活問題になる。しかし、私が役員から外された事により、駐車場問題を提言する人は皆無となった。私外しは、現国交省が報復として同宮の兵糧攻めを企んだ事に由来すると推察される。)

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