13,エピローグ

 平成10年5月13日、小松天満宮移転問題が解決して1ヶ月後、北畠直順宮司が、まるで解決を見届けるようにこの世を去った。
享年79才、波瀾にとんだ生涯であった。不思議にも、新しく建てられた墓所は、私が父の墓を建てたすぐ側であった。私もいずれその墓に入る運命である事を思う時、深い縁を感ぜざるを得ない。

 この著書は、いずれ書にして同じ問題で苦しむ全国の人々の参考になればと思っていたが、洪水のように書籍が叛乱する時代、必要な人々に届く確率は非常に低い。そこで、検索で誰でもアクセスできるインターネットで、必要な人に無料で情報を提供する「ネット出版」を計画したものだ。

 製作に当たって、技術的に不備な面が多いが、とりあえず製作して、人々のご意見を伺う事ができればと思っている。

 

北畠直順宮司墓所・小松市菩提町
市営墓苑内
 補足・問題解決の7つの要因
 小松天満宮移転問題は、解決するまでにかなりの年月を要した。しかし、世の中の問題を見てみると、年月だけかけても解決の糸口さえ見えてこないものが多い。このことは、我々の経験から意見を述べさせていただくと、解決するための要因がどこか欠如しているのではないかと思う。我々も最初はそうであったが、天神様のお陰と言うべきか、幸運にも全ての要因が最終的には揃った結果、なし得たのだと考えている。それでは、成功の要因とはいかなるものであろうか。

 1,問題解決まで「死」と引替えてもよいという固い信念を持った指導者に恵まれる事。我々の場合は、北畠直順宮司がその存在であった。

 2,問題解決の具体策を発見し、地道に行政と向かい合える人物がいること。この役は、宮司の熱意に惹かれて、私が担当させていただく事になった。

 3,問題を専門的に確立していただく専門家がいること。この役は、河川工学の専門家・中川武夫氏であり、陰陽道の大家黒岩重人氏であった。どんな素晴しい案も、素人の考えは、あくまでも素人考えである。公に認知させるには、こうした人物が不可欠。

 4,地元の信用を得られる人物が、問題の意志決定機関の中枢にいること。この役は、奉賛会長の山下七志郎氏であった。氏は数々の公機関の長を引き受けられている、地元の名士である。

 5,全ての問題をわかりやすく、説得できる人物がいること。この役は、小説家の白石フミヨ氏であった。選挙では、市民のほとんどの有権者が聞いたと言われるくらいに、氏の演説を聞いた。あまりに面白いので、追っかけがいた程だ。

 6,人を集める能力のある人物がいること。郷土史家の大西勉氏がその役であった。氏の交際範囲はすこぶる広く、当時の市長とも同期であったことから、人間関係の重要な役割を果たしていただいた。

 7,法律の専門家、いわゆる弁護士がいること。この役は、山越茂氏であった。つわものの弁護士は、問題の対処方法を知り尽くしている。

 この7つの要因が揃うと、指導者に知恵と勇気と人と信用が集まり、その集団に世の中が引き寄せられるように変化する。この、人々の意識の変化こそが問題を解決に導くエネルギーになると確信する。ご参考にされたし。