11,選挙戦突入

 平成4年2月3日、第三回の非公式会談で物別れに終わったが、この直後から不思議な出来事が起こり始めるのである。

 事の発端は、私のところに一本の電話がかかることから始まった。それは、奉賛会会長の山下七志郎氏からのものであった。7月に市長選挙があるが、昨年知事選挙に取りざたされて官僚を辞職までした北氏の事だが、結局出馬できず、現在無職だ。彼が小松市長の選挙に意欲があるという。天満宮問題では、文化財を守る方向で考えてもいいと言っているが、どうだろう。そのような内容であった。さっそく宮司と協議、非公式で会談することになり、天満宮の茶室で会った。この会談で、公約として移転問題の全面解決をするということになり、その時は、守る会10,600人全力で事に当たるとの約束を交わしたのである。

 かくして、事態は選挙戦へと急展開することとなる。勿論この時点での勝算は無かった。現職の市長は長年つとめて現役の強みがある。しかし、新人の北栄一郎氏は知名度も無く、若さだけが取り柄という誰が見ても不利な選挙戦であった。ところが、いざ選挙戦が始まってみると、空気が変わってきたのである。

 このきっかけは、再び山下氏からの電話から始まった。「後援会長になり手がいない。女性がいいが、誰かいないか。」「白石ではどうか。」「それはいい、頼めるか?」「口説いてみよう」

 白石とは、小説家白石フミヨ氏のことで、私が天満宮に芭蕉の句碑を建てさせていただいた時、記念式典に不思議にも参列していただき、これがご縁でおつきあいが始まったていた。今になって考えると、天神様はこの時このような筋書きを立てられていたのだと考えざるをえない。氏はもともと社会党員であることは承知していたが、問題が文化財を守るということであるから、この件は曲げてお願いした次第だ。

 後援会長白石フミヨという雰囲気は、それまでの沈滞ムードを一気に振払う絶対的な効果があった。現市長の時代が長いと、意外に反対勢力もできているもので、それらの人々が一気に加勢に転じてくるのが肌で感じられた。

 また、守る会10,600人の威力は絶大で、この中には現役市長の後援会を支える中心メンバーが多く、その人々がこぞって北支持を表明した。こういう情報は伝達が早く、彼等が寝返ったと言うことは現役市長は余程悪いということになった。

 こうした動きは、私は隣の市に住むため選挙権は無かったが、事務所が臨時選挙事務所に変身したような雰囲気で、刻々と情勢が伝わって一週間前には勝てるのではないかという予感がしてきたのである。

 平成4年7月12日、運命の投票日。そして、何と大差で北栄一郎氏が勝利する劇的な幕切であった。

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