お役所の基本的な考え方
 さて、本題に移る前に、工事の直接的な責任者である建設省(当時)、国重要文化財を保護する責任のある文化庁、そして、地元の市民を守る責任のある市役所、この3者は当時どのような基本的な考え方をしていたかを説明しよう。

 まず、建設省は河川氾濫による地元住民の命と財産を守るために100年間に予想される最大級の大雨に耐えられる河川改修をすすめる。このためには、たとえ国重要文化財であっても、その法線内に入ったものには移転していただく。

 文化庁は、建設省がすすめる工事によって、国重要文化財が法線の中に入っていても、その所有者が移転の意志を表明しない限り、移転の事実が発生したとは認識しない。

 市役所は、国の事業における法線の外の部分で、できうる限りの支援をする。

 以上3者の基本的な考え方である。この考え方の問題点を考えてみたい。

 建設省の考え方について・・・
住民の命と財産を守るという大義名分は結構なことだと思うが、現実的に国重要文化財がこのようなケースで移転した前例がない。よって、真に守る意志があるならば、国重要文化財を避けて法線を引くべきだ。後に述べるが、百年間の大雨は明日降るかも知れない。しかるに、最も工事着工が遅れると判断される方法を選択したのは、他に意図があるとしか考えられず、住民の命と財産を人質にとって、前例のない移転を迫ることは、不謹慎きわまりない。このケースが成功すれば、他の地域での同様な問題の前例となり、法線を引く場合都合がよくなるメリットがある。

 文化庁の考え方について・・・
文化庁の考え方を平たく言えば次のようになる。
 放火犯人が火を付けると公言して、手にガソリンを持っているにも関わらず、まだ火の手が上がったわけではないから、火事になったと認識しない。よって消防車の出動はしない。
この理屈は、一般常識とかけ離れていると誰もが思うだろう。すなわち、文化庁は心から文化財を守る意志を持っていないのである。もし、所有者が移転を決断したとするならば、所有者との話し合いになるだけであって、もともと問題を引き起こした建設省とは事を構える考えがないのである。これは、お役所の論理であり、国民を愚ろうした考え方で、卑怯であると言わざるを得ない。

 市役所の考え方について・・・
市役所の法泉以外というのは、現実的に周辺の土地買収、家屋移転などの実務を担当するということだ。であるから、基本的には市長がその問題に対して賛成ならば、建設省の下請けのように動くこととなる。しかし、市長が反対ならば、この工事は計画だけで、現実には動かないことになる。           

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